本日の記事は、僕が思っていることを正直に書きます。
そこに善意も悪意もありません。あくまで個人の意見です。
僕は今大学生4年の代を休学しています。将来どういう選択をするかは現時点ではわかりません。
就職もしてみたいし、フリーランスも楽しそうだし、起業家も志高くて素敵だなと。現時点では、フラットに見ているつもりです。
ただ、ブロガーとして活動しているせいか、フリーランス(今回は便宜上フリーランスとして一括りにさせていただいております。)として活動されてる方をTwitterでは多くフォローしています。
そんな時目につくんですよね。
いかに自分が社会不適合だったかのツイート。
それって誇るべきことなのでしょうか。
会社に遅刻し、やるべき仕事をサボり、上司に怒らせ、ルールを守らない。
ダラしないだけだと感じてしまうのは僕だけなのでしょうか。
しかもそんな人にフリーランスとしてお仕事を頼みたくなるのでしょうか…
これを読んでくださってて不快な気持ちになられた方もいるかもしれません。
誤解しないでいただきたいのが、発言をしている個人の方に対しては、自分の納得いく道に進むという決断自体がすごいことですし、微力ながら応援したい気持ちでいっぱいです。個人的に大好きな方がたくさんいます。
でも何だか心が受け付けないのです。うまく言語化できないけれど。
社会不適合者と言われる人でも会社員やっている人はいるし、逆に社会適合者でもフリーランスをやってる人もいる。
不適合である人を救うことは確かにできます。辛い人がその投稿を見て救われるかもしれない。
でも、それを誇るべきではない気がするんです。
多分僕は、誠実で真っ直ぐな人が好きなんだと思います。
フリーランスでも会社員でも起業家でも。自分の信念を貫いて。必死にやってる人はみんな素敵です。
生きるために働いてる人、みんな素敵だと思います。
会社を社会とするなら、不適合かもしれませんが、フリーランスを社会とするなら適合してる気もします。
だからそんなに社会不適合なことを誇ってることに(実際は面白いネタだと思いますが…)違和感を感じました。
そんなちょっとした独り言。
こういうトゲのあるオピニオンは、一部の人を傷つけそうなので書きたくないですが、嘘ので固めた意見だけだと面白くないので書いてみました。
では、他の方のコメントを載せて終わりにします。また!
なんかフリーランスって社会に適合してない僕私最高みたいになってて、たまに「え?」と思うことがあるのが正直な思いです…
おそらく一般的な日本人の感覚からしたら、社会不適合の自分を言いまくって何になるんだろうという感じな気がする…
適合してる・してない人どちらも素敵なはずなのに..
— 中村 創「元祖応援する人」 (@soooo_nakamura) July 5, 2018
フリーランスたちの社会適合・不適合のどちらのブランディングもあると思うけど、単純に人としてのマナーがなってないとか礼儀を知らないフリーランスは実力があってもそのうちに干されると思う。
仕事は結局人と人なのだから、根底の部分でお互いの感情が入り混じってくるからね。 https://t.co/ZCkVFkIh00
— 鈴木太郎@宿泊型コワーキング建設中 (@taro8138) July 6, 2018
とても同感。若くて経験値が足りない時は人と比べて優越感、劣等感を感じたい傾向は多いのかなと。おそらく心の底では、認めてもらいたい。でもこういうやり方の承認欲求は幼いのでいつか捨てる時がくるでしょう。みんな素敵なのに(^^) https://t.co/sZhl4siVJS
— 鎌田 早穂子@Fractal Imaging Therapy (@sahocafe1) July 5, 2018
https://twitter.com/MeginHawaii/status/1014789711770947584
https://twitter.com/camera0423/status/1014891982248804354
https://twitter.com/ababaisme/status/1014786945191276544